IMC株式会社  池田医業経営研究所

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地域に不可欠な災害時のかかりつけ医機能

 

 日本の自然災害の発生件数と被害はこの数十年増加傾向です。昨年は8月に九州北部豪雨があり、9~10月にかけて連続して大型台風が上陸し、多大な被害をもたらしました。今年も気象庁が「令和2年7月豪雨」と命名した集中豪雨によって、熊本県を中心にした九州や中部地方、東北地方などで大きな被害がありました。豪雨の期間は7月3~31日の29日間であり、気象庁が命名した大雨災害としては過去最長とのことです。

 

 6年前になりますが、厚生労働省は全国の災害拠点病院(676病院)を対象に、ハザードマップ等による災害拠点病院の被災想定とその対策及び周辺道路冠水によるアクセス支障に関する調査を実施し、その結果を公表しました。

 調査結果の内容は非常に危機的で、あくまで想定ですが洪水・内水において「浸水あり」が全体の34.0%も占め、このうち「対策有」が全体の17.6%、「対策無」が全体の16.4%でした。対策としては、排水ポンプの設置、土嚢整備、止水版や防潮板の設置、盛土や嵩上げの実施などが挙げられていました。また対策を講じることができない主な理由としては、対策を講じるための自己資金確保が課題であることや地域全体において浸水被害が想定されており、病院単独での解決が困難であることなどが挙げられていました。

 また冠水時において救急車等の車両などの病院へのアクセスについて、「対策なし」と回答した病院が22%(154病院)もありました。厚生労働省は、災害拠点病院単独で解決できる課題ではないため、消防機関、市区町村の防災部署と連携しその対応策を検討するとしていましたが、現時点において抜本的な対策がどのくらい進捗しているかは不明です。

 

 災害拠点病院に限らず医療機関は、自院が被災するリスクを把握しておく必要があるでしょう。国土交通省はコンパクトシティー整備のための立地適正化計画を公表している275都市について、居住誘導区域と危険地域が重なっていないかを2019年12月時点で調査しました。河川が氾濫した場合に浸水する恐れがある「浸水想定区域」と居住誘導区域が重なる場所がある都市は242と全体の88%を占めています。

 以前にマーケティングの4Pについて説明しましたが、4PのひとつであるPlace、どの場所で事業を営むかは医療機関の集患にとって重要な要素です。一般的に診療圏人口が充分な地域を選んで、医療機関は開業するでしょうから、結果的に医療機関自体が災害リスクの高い地域に立地してしまっているようなケースは多いのではないでしょうか。この機会に地元自治体が公表しているハザードマップで、自院はもちろんのこと、自院の診療圏の被災の可能性を調べられることをお勧めします。

 

 国民の意識が高まれば、自然災害の危険度の高い地域に新規の住民が流入することは少なくなるでしょう。また既存の住民も何かきっかけがあれば、安全な地域に引っ越すことを考えるでしょう。そのため中長期的に考えれば、危険度の高い地域の人口は他地域と比較して速く減少することが予想されます。医療機関は将来の患者数予測をする際には、その前提で考えておく必要があります。

 また災害はいつ発生するか予想できません。そのための事前の備えの必要性は高まっています。例えば東京都では首都直下地震などの大規模地震災害が発生した際に、医療機関が医療提供機能を維持できるよう、医療機関の防災対応能力を向上させ、より効率的・機能的な体制整備の支援のために、大規模地震災害発生時における医療機関の事業継続計画(BCP)策定ガイドライン※を作成しています。BCPは新型コロナウィルス感染症でもその必要性が再認識されています。まだBCPを策定されていない医療機関は、まずはこのガイドラインを一度ご覧になられることをお勧めします。

※事業継続計画(Business Continuity Plan):大災害や事故などの被害を受けても重要業務が中断しないこと、もしくは中断したとしても可能な限り短い期間で再開することができるように、事業の継続に主眼をおいた計画

 

 災害が発生した際の対応や事前の備えについては、日本医師会の救急災害医療対策委員会が2018年2月にまとめた「地域の救急災害医療におけるかかりつけ医の役割―地域包括ケアシステムにおける災害医療を中心に」をテーマにとした報告書が参考になります。

 報告書では、災害対策基本法に基づく地域防災計画で災害時のかかりつけ医の役割が位置づけられていないことや、医師会が災害時のかかりつけ医機能推進策をとっていないことを問題視しています。

 災害時のかかりつけ医機能についてですが、まずかかりつけ医は、大規模災害の際に自地域の住民・患者に対する診療や健康管理とともに、地域包括ケアシステムの中心的な存在として、“各地域での医療の統括を担う自覚”が必要となります。平素からかかりつけ医として、地域の様々な実情を最もよく理解し、住民・患者や地域の医療・介護事業者から信頼を得ている必要があります。また被災地外からの日本医師会災害医療チーム等と情報共有して連携し、効率的な災害時の医療の提供と、地域医療の早期の機能回復を目指します。多くのかかりつけ医は、災害当初においては救護所や自院・近隣医療機関で、慢性期では避難所等で、介護関係者を含む多職種連携を統括していくことが期待されています。また災害時の行政や医師会との関係については報告書内にまとめられています(図表参照)。

 実際に大規模な災害に遭遇した際、移動手段もなく孤立した状況の中では、医療従事者個々人もいわゆる災害難民ですが、一旦医師、看護師、薬剤師等々の自己の能力を発揮できる救急医療現場へ赴き、率先参加して医療行為等の業務を行うことで、帰宅困難者からすみやかに救護者へ立場を転換することが期待されています。 

 

 その他に基本的なこととして、平素より多職種連携(医療、介護、福祉、在宅関連事業者)を円滑に行うために顔の見える関係を構築しておくこと、平時から災害時における多職種の役割分担を決めておくこと、災害医療に関心の高い医療従事者とトレーニングする機会をつくることなどができていれば理想的です。

またかかりつけ患者に対して、平時のうちから災害発生時の医療面での対処方法を伝えておくこともかかりつけ医として望ましいでしょう。また災害発生時の対処方法に関する汎用的な資料を作成し、かかりつけ以外の患者にも同様のアドバイスをすれば、一見の患者をかかりつけ患者に転換することも期待できます。

 災害に対しては、医療、介護、福祉、在宅関連事業者や行政機関、地域住民まで、共通の危機感をもっています。災害への備えをテーマにして積極的にコミュニケーションをはかり連携関係を構築していくことは災害の予防対策につながりますし、自院の特徴や院長の性格・考え方などを含めて関係者に伝えることのできる格好の機会になるのではないでしょうか。

 

図表 災害時のかかりつけ医機能

出典:日本医師会救急災害医療対策委員会作成の報告書(2018年2月)