IMC株式会社  池田医業経営研究所

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地域包括ケアの深化・地域共生社会の実現に向けた市町村への期待

◎地域包括ケアシステムの地域への浸透状況

 平成18年4月の介護保険法改正以降、市町村は高齢者向け行政サービスを提供する住民向け窓口として地域包括支援センターを設置しています。私が住む地域においても最寄りのショッピングセンターに設置され、行政サービス拠点として身近な存在になりつつあります。

ただ千葉県が2月に実施したインターネットによるアンケート調査結果では、「地域包括ケアシステムについて知っていますか?」という質問に対して、『言葉も内容も知っている』が29.7%の一方で『言葉も内容も知らない』が28.7%と、まだまだ住民の認知度は高くないことがわかります。自由記入の回答には「・・・支援する側(国、市町村等)の言葉であって、受ける側の言葉ではない。当事業に関わっている方の思いが伝わらないのが残念です。」との意見などがあり、私も含め同様の考えの住民は多いように思います。

では地域包括ケアシステムの重要な担い手である医療関係者には認知されているのでしょうか? 高度急性期・急性期病院の職員からは、「地域包括ケアという言葉は耳にするが、どのように関われば良いのかよくわからない。」という話をよく聞きます。厚生労働省が平成20年6月に提示した「安心と希望の医療確保ビジョン」には、「治す医療」から「治し支える医療」に向かっていくと謳っていますが、「支える」のイメージは患者さんをかかりつけ医として外来や在宅医療でサポートするように浮かぶため、平均在院日数短縮が求められる急性期病院で働いていても「支える」が実感できないからではないでしょうか。在宅医療に関するシンポジウムを聴講すると、訪問看護事業所や介護事業所の方々から、病院の医師や看護師には「患者にとって入院している方が安全・安心でより良い環境であるとの先入観があり、在宅療養の良さが理解されない。」との嘆きをよく聞きます。ただ最近では病院でも退院支援部門の看護師等職員の理解度は高まってきており、退院支援部門の職員が院内の病棟部門等を巻き込んだり、訪問看護ステーションなどが退院後の在宅での患者さんの生活状況を知らせたりすることで、院内に在宅療養の実態について浸透させる努力をしているようです。

またここ数年、地域包括ケアシステムを地域に普及させる取組みにおいて、専門職による多職種連携の交流の場を作る動きが増えています。例えば一般社団法人医介は、「医介塾」という名称で地域の医療や介護に携わる方々の交流会、自由な飲みニケーションの会を全国33か所(2017年10月現在)で実施しています。医療と介護の考え方の違いや、医療機関での入院と介護施設や在宅での生活のそれぞれのメリット・デメリットなど、まずは専門職同士が互いに知り合いになる、顔の見える関係になろうとする動きは確実に増加しています。行政や医師会、大学病院等が主体となって税金や補助金を活用して実施する交流会よりも、参加者が自腹で気軽に飲みニケーションをするほうが継続性やその後の拡がりなどもあり、顔の見える関係から胆の見える関係になるまでに結果的に近道になるような気がします。

 

◎地域包括ケアシステムは地域が抱える問題の一部

地域包括ケアシステムの定義は、平成25年12月に成立した社会保障改革プログラム法の第4条第4項において「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」と規定されています。

地域包括ケアシステムは2025年の超高齢化社会に向けたマクロの観点からの国の政策ですが、一方でミクロの日常生活圏域においては、認知症等の要介護の高齢者の困りごと以外にも、子育て、障害者、生活保護などの生活困窮者など、自助だけでは解決できない多様な困りごとが存在しています。その対策として厚生労働省は、子ども・子育て家庭を対象とした相談機関として「子育て世代20包括支援センター」「地域子育て支援拠点」、障害者を対象とした相談機関として「基幹相談支援センター」の自治体への設置など、まさにトップダウンで対処療法的に縦割に対応してきました。住民からすれば、地域包括ケアセンター、基幹相談支援センターの名称を聞いても全くイメージできません。

厚労省の各担当部門は、個々の課題解決のための法律を制定し、都道府県や市町村に計画策定を指示します。個別最適の対応策を押し付け、「計画策定にあたっては他計画との整合性の確保を図らなければならない。」という一言を通知に記載することで、後は市町村が考えろというスタンスです。人材が少ない市町村の現場では計画策定自体が目標になってしまい、住民視点の欠如した行政窓口が個々に非効率に設置されているように思われます。

一方で地域においては、介護と育児に同時に直面する(ダブルケア)世帯、障害のある子どもの親が高齢化して介護を要する世帯、高齢の親(80代)と働いていない独身の子(50代)が同居している世帯(8050世帯)、ニュースに取り上げられることもあるごみ屋敷の問題(ごみを単に処分する環境問題ではなく、本人が社会的孤立や認知症などの問題を抱えているようなケース)のような複数の制度に関わる問題や制度の狭間の問題など、縦割りの窓口では対処できない問題が起きています。

厚生労働省は縦割りの弊害にやっと気づいたのか、7月に厚生労働大臣を本部長、全局長を本部員とする「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部を発足し、対象者ごとの福祉サービスを「タテワリ」から「まるごと」へと本格的に転換する姿勢を見せています。

 

◎地方自治体の役割の再認識

地方自治法の第1条の2は「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」とあります。住民に最も近い市町村が地域共生社会を推進する、それはまさに本来の役割、存在意義そのものであり、厚生労働省から言われて実施することではないでしょう。理想を言えば市町村は、住民の声・ニーズを直接的、議員を通じて間接的に収集し、既存の行政サービスの内容を改善したり新たな課題を発見したりして、必要に応じて条例にすること、都道府県や国に対して制度や補助金の使い勝手等について伝達し改善策を提言したりすることでしょう。

市町村によっては住民自治を推し進めるために地域担当職員制度を導入し、地域単位で住民との協働による公共サービスの提供や地域課題の解決を図っているところがあります。形態としては①現業職員を除く全職員が所属する課の業務とは別に小学校区を中心としたコミュニティに地域担当として配属されるもの、②課長クラスが中学校区単位のまちづくり委員会に委員として出席するもの、③地域担当職員を自治会に出席させ、発見した地域課題を、本庁に設置した地域担当会議で協議し全庁を挙げて解決に取り組むものなどのようです。一般財団法人地方自治研究機構の調査によれば、約30%の地方自治体が制度導入しています。

地域コミュニティを活性化し地域自治を実現するために地域担当職員を配置し、地域自治推進条例を定めている大阪府豊中市や、区長制度の見直しや地域組織の見直しを進め公の領域を支える「新しい公」の仕組みづくりなど市民参画のしくみを作ることで地域担当職員制度を廃止した三重県名張市など、住民主体の地方自治のあり方を真摯に作り上げようとしている市町村もあります。残念ながら、国や都道府県が求める計画、地域の実情に合わない計画を策定し、補助金を無駄に活用し成果を上げることのできていない自治体もあるのではないでしょうか。首長や議員の能力を含めた住民力、自治力の差と言えます。

 

◎住民の我が事化と市町村の役割

高齢者に限らず大半の住民は、何らかの縁で現在地に住み、濃淡は様々ですが地域コミュニティとの関係をもっているため、できれば住み慣れた地域に住み続けたいと考える方がおそらく多数派でしょう。今後、人口減少が進み、最悪の場合には、商店などは撤退し、空き家が増え、税収が減少し、行政サービス水準が低下、地域は縮小均衡し住みづらくなってしまう可能性はあります。住み続けたいと考えるのならば、地域住民が自分事としてとらえ、自分や家族、仲の良い知り合いが将来に亘って住みやすい地域にしていくことに関心をもつ必要があるのだと思います。

私事になりますが、出身地の福井県小浜市の中名田という小学校区は約300世帯しかありませんが、6地区の区長会、青壮年会、婦人会、老人クラブ、保育会、子ども会、PTA、消防団、遺族会等があり、何らかの組織に所属し、家族単位で顔を知っているのが当たり前になっています。若い頃は正直なところ、田舎特有のしがらみの多さにネガティブな感覚をもっていました。大学入学以降は首都圏に暮らしていますが、自治会において必要最小限のお付き合いをするくらいです。そのような方々はおそらく多数派なのではないでしょうか。最近は自治会に加入しない世帯もあり、災害等、何か生じた時に互助が機能するのかどうかという懸念が大いにあります。「人間は社会的動物である」との言葉がありますが、人間が個人として存在していても、絶えず他者との関係において存在しています。自治会の加入は自由であったとしても、防犯灯やゴミ集積所の管理、共有地の草刈りなど自治会が果たしている役割を考えると、全く関与しない、他人事で済ますようなことはあり得ないように思います。いざという時に互助を機能させるために、普段の仕事が忙しく、会社以外の人間関係を持たない人は、まずは近所や地域の人たちと挨拶をする習慣をつけること、自治会活動に関心を持ち参加すること、地元の行政機関等の広報誌に眼を通したりコミュニティ・センター等の掲示物を見たりして地域について知ること、そして「働き方改革」で生み出された時間で早めに地域デビューを果たすことなどが考えられます。

ただ地域デビューと言っても、大都会や平成の大合併で大規模化した自治体では一部の例外を除きコミュニティがそもそも無いもしくは劣化しているため、参加する場を見つけるのが難しいのではないでしょうか。ソーシャル・キャピタル(人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴)のある地域は健康水準が高い、などの研究結果があります。都市部の自治体は、地域共生社会を実現するために、ソーシャル・キャピタルを見つけ出したり、作り出したりする必要があるように思います。具体的には、コミュニティの場づくりに積極的に関与し住民に発信する役割、そのような場で地域ニーズを拾い汎用性のある困りごとの解決策を政策にする役割、コーディネーターとして地域の各種団体など地域資源を結び付けて新たなサービスを生む役割、様々な地域のコミュニティや団体等の取組事例を共有させる役割などを果たしていけば効果が期待できます。

ただ限られた行政職員で行うには限界はあるでしょう。私が住む千葉市では、分野は異なりますが市民の協力を得る仕組みがあります。「ちばレポ」(ちば市民協働レポート)と言って、「公園のベンチが壊れている」、「ごみが不法投棄されている」といった地域インフラの不具合についての情報を、発見した市民が自分のスマートフォンで現場の写真や動画を撮り、専用アプリを使って市の専用サイトに投稿することで、市の担当者や他の市民と共有します。地域の問題を我が事化する仕組みです。これは課題の共有ですが、例えば各地域での草の根の取り組みや活動に関わる悩みを共有したり、集まる場所の確保が難しい場合の支援として行政施設や住民の協力を得て空き家の活用を進めたり、地域デビュー等の新たな参加者を募集したりするなどの目的でオンライン・コミュニティスペースを新たに作ることなどが考えられます。

これからの市町村に望まれる公務員像は、国や都道府県が求める計画を策定するために、住民調査を委託業者に任せ、庁内や一部関係者の意向を取り纏め予定調和な計画をつくるのが得意な人ではなくなるでしょう。ただ未だに役所内で事務仕事をするのが本来業務であり、住民ニーズを把握したり各種のコーディネートをしたりする目的で役所外に出るのは疎まれることがあるようです。期待される役割に変化があれば組織内の評価方法や採用選考方法を変えていく必要性があるのではないでしょうか。

 

最後に各自治体の取組、苦労話や成功例などを互いに分かち合うことに意義があることに疑いはないでしょう。厚生労働省は成功事例を紹介しますが、それだけでは不充分です。ただ誰がその音頭をとるかです。私も一部協力をしていますが、福井大学医学部地域プライマリケア講座において、地域の医療・介護の問題点を、市民、行政関係者、医療・介護関係者で気軽に対話して解決策まで導く『コラボ☆ラボ』(全国21か所で実施)という行政に対する場づくりの支援と、全国各地の自治体が取り組んでいる健康増進活動やまちづくり活動などの内容についてソーシャルネットワークなどを活用して緩く継続して共有する『健康のまちづくり友好都市連盟』(全国の20の市町が加盟)の運営をしています。地域共生社会の取組にお悩みの自治体の方は、参考になされてはいかがでしょうか。