IMC株式会社  池田医業経営研究所

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医療に必要なマーケティング 現状維持バイアス 

 

前号で、顧客の声を聞くことの大切さを説明しましたが、聞いた内容をビジネス・チャンスや業務の改善等に結び付けなければ意味はありません。

「現状維持バイアス」という言葉があります。「何かを変えなくてはいけない」という強い動機や危機感がない場合に、「まあ、今のままでいいか。」と考えてしまう傾向です。現状維持バイアスが起きる背景にはさまざまな人間の心理があります。そのひとつとして、人は不確実な未来のものより確実な手元のものを好んだり、得をすることを求めるよりも損をすることを避けようとしたりする傾向、損失回避の傾向があります。

投資の世界でよく出される事例ですが、「①100万円を無条件で手に入れるのと、②50%の確率で200万円を手に入れるのと、どちらかを選んでください。」という質問に対して、期待値は①②ともに100万円ですが、多くの人は①100万円を無条件で手に入れる方を選びます。②を選ぶと50%の確立で200万円が手に入りますが、50%の確立で何も手に入らない、無条件で手に入るはずの100万円を失うリスクを回避する傾向にあるからです。

特に人事評価を減点主義で行っているような組織では、現状を変えることで不確実な状況に陥ることよりも、現状が余程ひどくなければ確実な現状を選ぶ組織風土が染みついてしまいます。そうすると顧客の声を聞いても、表のような「当たり前だ」、「我慢すべきだ」、「仕方ない」、「それは無理だ」、「通念になっている」などという考えが立ちはだかり、顧客の声が活用されずに埋もれてしまいます。

 

■.顧客の声を遮断する5つの考えと対応

当たり前だ 医療機関内で職員が当然のこととして思い込んでいる ⇒ 否定する

我慢すべきだ

表面化している課題であっても患者は受け入れてきた ⇒ 解き放つ

仕方ない 患者や職員に諦めとして染み込んでいる ⇒ 諦めない

それは無理だ 患者や職員で暗黙の壁として存在している ⇒ 挑戦する

通念になっている ルーティン化したものとして信奉してきた ⇒ 批判する

出所:恩藏直人(2017)『マーケティングに強くなる』筑波書房 を筆者が一部改変。

 

私の体験を踏まえ、顧客の声を遮断する5つの考えと対応について具体的に説明します。

『当たり前だ』:医療機関の内装は清潔感のある白を基調にしていているところが多く、それが当然のこととして疑問を持つ人はほとんどいないと思います。ただ中には無機質で冷たいとの印象を受けている人もいるでしょう。

鳥取大学医学部附属病院では、 一部の手術室を「日本海」「大山」「鳥取砂丘」をイメージした治療空間にし、手術室に入室するまでの廊下には、木目調の内装や中海が一望できる窓を備え付けているようです。また患者の入室時、術中、退出後の作業を考慮して調色ができるLED照明を採用し、内視鏡手術時は照明環境を深い青色にしてモニターの視認性を確保し、術後の片付け時は作業効率をあげるために高い色温度の照明環境、患者の入退室時には緊張を緩和する穏やかな色温度を用意しているようです。(出所:(株)セントラルユニのWebsite)

『我慢すべきだ』:待ち時間が長い。よくある患者からの苦情です。医療機関としても、常態化しており、それでも患者が来院しているわけですから、我慢すべきだとまでは思わないにしても、多少は我慢して欲しいと考えるのは理解できます。

診察後の会計待ちについては、口座振替や通信大手ソフトバンクのサービス「スマート病院会計」で携帯電話料金と一緒に支払う医療費の後払い制度を導入し、解決を図っている医療機関も出てきています。患者は追加で手数料を支払う必要はありますが、待たなくても良いという選択肢を医療機関として提供するのは一歩前進でしょう。

『仕方ない』、『それは無理だ』:ほとんどの医療機関は保険診療を前提に治療しています。リハビリテーション治療は2006年の診療報酬改定によって、医療費効率化の観点から日数制限をつけられました。例えば脳梗塞患者は、脳血管障害では150日、 高次脳機能障害を伴った重篤な脳血管障害では180日までしか保険が適用されません。リハビリが十分でなくとも退院をせざるを得ないケースも発生していますが、医療機関のスタッフ、患者ともに仕方ないと考えています。

ただそのような状況下でも諦めない患者さんをターゲットにして、片麻痺など脳梗塞・脳出血の後遺症を「徹底的に改善」することを目指す保険外のリハビリテーションサービスを提供するリハビリ施設があります。首都圏を中心に9か所で展開しており拡大中です。

『通念になっている』:ある病院に家族が入院した際に、付き添いとして病院職員から説明を受ける機会がありました。入院時は、事務、主治医、看護師、薬剤師から説明を受け、手術時には、主治医、麻酔医から説明を受けました。各人とも複数の患者を受け持っているため忙しく、説明を受ける時間帯の調整が大変でした。患者中心の医療やチーム医療について説明するイラストなどでは、患者を中心にして各専門職と患者が線で結ばれています。患者としては各専門家から個々に説明を受けるよりは、一人からまとまった説明を受けるほうが、時間調整もしやすいですし、じっくり話を聴けるため理解もしやすく相談もしやすいように思います。例えとして良いかわかりませんが、ホテルのコンシェルジュのような機能です。説明する側はチーム医療の望ましい姿と思い込んでいるのかもしれませんが、看護師長等の代表者が全般について患者にわかる次元の説明をし、患者の希望があれば各専門家が追加説明をするような形でも良いように思います。

 

パナソニック株式会社(旧社名:松下電器産業(株))創業者の松下幸之助さんの言葉に、「過去の常識にとらわれず、いま一度見直してみよう。そこから、新しい発見が生まれ、新しい活動も展開される。」とあります。自らの常識にとらわれないようにするために、顧客の「不」を永続的に効率的に発見できる仕組みをつくることが大切です。顧客がふと感じる「不安」「不満」「不便」など、数えきれないほどの「不」が存在します。医師自身の闘病記などを読むと、自らが患者になって初めて気づく様々な「不」について記載されています。「不」を解消するようにサービスを考えたり、改善を行ったりすることが、顧客満足度を高め、場合によっては新たな収入源をもたらします。現場の職員が顧客の声を遮断しないようにする仕組み、積極的に「不」を集める仕組み、院長や企画部門等や他業界や新しい技術による解決を図る取組について情報収集する習慣などが大切になってきます。